有安杏果ARIYASU MOMOKA

東京公演ライブレポート
 
本当は叫びたい
誰にだってあるだろ
心の闇 沸々
湧き出てくるものは
すべて吐き出してしまえ
 
 

 この言葉で、有安杏果の新しい章は幕を開けた。3月24日に東京・EX THEATER ROPPONGIで行われた、有安にとって新たな活動の第一歩となる『サクライブ 2019 ~Another story~』は、まさにそのはじまりの言葉通り、有安の心のなかにあるものがそのまま吐き出されるような表現が続いた。そして、その表現が、有安の前に集まった一人ひとりの心の叫びと重なり、それぞれが吐き出すことの勇気も与えてくれるライブだった。
 

 責任感が強くて、「歌」に思い入れがあって、やり遂げると決めたら自分に妥協を許さなくて、そしてなにより、ファンのことを大切に想っている有安が、このステージに出る直前までどれだけの緊張や不安と闘っていたかは計り知れない。この日は520日ぶりのソロライブであり、個人事務所を立ち上げて自分の責任と意志で歩んでいくことを宣言してから初めてファンと顔を合わす場だ。きっと様々な感情が心のなかでうごめいていただろう。
 会場が暗転し、バンドメンバー(福原将宜(Gt)、山口寛雄(Ba)、宮崎裕介(Key)、波田野哲也(Dr))が音を鳴らすなか、有安杏果がステージに登場。客席から沸き起こった拍手と大歓声は、「待ちわびていた」と言わんばかりの期待と、彼女を迎え入れる温かさに満ちていた。きっと、有安は安堵したのだろう。冒頭から涙ぐんでいるようにも見えた。  
 

 まずは、赤いテレキャスターを抱えながら“Another story”と“ヒカリの声”を披露。演奏が終わると、「待ってたよ!」「おかえり!」「ありがとう!」などの言葉が次々と飛び交う。それらの声を受けて「今日は『サクライブ 2019 ~Another story~』東京公演に来てくださって、本当にありがとうございます」と言った有安の声は、涙で震えていた。
そして「順番にみんなの顔を見ていくわ」と言って、ステージの右端から左端まで、みんなと目を合わせながら手を振ってゆっくりと歩いていく。「ただいま、って言っていいのかわからんけど……」とポロっとこぼすと、会場中が「おかえり!」という言葉と拍手で溢れて、有安はさらに涙を流す。その涙を拭いながら、有安は今の気持ちを初めてファンの前で語った。

「本当に、心配かけてごめんなさい。複雑な気持ちもありながらここに来たと思うんです。本当はね、今日のライブで、みんなとこうやって目と目を合わせて、事務所のこととかプライベートのこととかを話したかったんやけど、まあなかなか上手くいかへんわ。この世の中、なかなか上手くいかへんわ!(笑) でもこうやって、私を信じて今日来てくれたんやなって私は思ってるので。今日は音楽と歌で、私がみんなに返せたらなと思っています」
 

 そもそも、なぜ有安は、ももいろクローバーZの卒業ライブ以来、しかも人生の大きなターニングポイントであるタイミングにおいて、ファンと再会する場に「歌」を選んだのだろう。「トークイベント」や、もうひとつの彼女の活動の核である「写真」をその場に選んでもよかったはずだ。もちろん、彼女は小さい頃からずっと「歌」が大好きだから、ということもあるが、その答えはこの日歌った“遠吠え”の歌詞に乗せて伝えられたようにも感じた。
 なぜ、人は歌うのか? 音楽を奏でるのか? それらの価値のひとつは、<僕らは言葉を持ってるはずなのに どうしてうまく伝えきれないんだろう>というフレーズ通り、人は誰しもが既存の言葉には当てはめられない感情を抱くことがあって、その感情をなんとか人に伝えようとするために、「歌」「音楽」は存在しているとも言える。有安は、言葉にしきれない今の想いと感謝をファンへ伝えるために「歌」を選んだのだと、この日の彼女とファンの感情の交差を見ていると思った。この日の舞台には派手な装飾も映像スクリーンもなく、ただ「歌」だけが届けられるステージだったことも、「歌」にすべてを込めたいという彼女の想いの表れだったと言えるかもしれない。
 
 “Drive Drive”でエレキギターをかき鳴らし、有安の目の前にいるファンたちがタオルを思いっきり振り回している光景は絶景だったし、“小さな勇気”で<この声が、この歌が、この想いが 遠くのどこかで頑張ってるあなたに 届くように>とアカペラで声を響かせ、「ラララ」の大合唱を「こっちにぶつけて!」と導いていたシーンは、有安とファンが勇気を与え合い、お互いの日々がより自分らしく、自分にとっての喜びや他者への優しさを大事にしながら生けるようにと、背中を押し合っているみたいだった。

 この日まで待ってくれていた人がいること。売れることを目的とした「商業音楽」ではなく、シンプルな「自分の生きがいとしての音楽、表現」をやろうとしているなかで、それを待ち望んでくれる人がいること。それがいかに幸せであるかを感じたうえで、そういった人たちのことを心から大切にしたい、さらには勇気やエネルギーを与える形で恩返しをしたい、という想いが、この日の有安の音楽と佇まいからは溢れ出ていた。
 
 アンコールの最後では、次のように心情を素直に語った。「今日のこのステージに立たせてもらうまで、緊張ももちろんすごいし、不安もあったし、でもそれ以上に苦しんだこともあって。それは、いろんな情報とか記事とか憶測とか、そういうので私がいろいろ言われるのは、そういう仕事やと思ってるからかまわへんし、それでもやりたいって思ったから、その覚悟はできてたんだけど……でも、応援してくれているみんなとか、関わってくれている人に悲しい想いをさせてしまったのは……それが一番苦しくて。ごめんね」。
 
 この日は、有安自身が作った新曲が2曲演奏された。1曲は、中盤、バンドメンバーがステージを去って、ひとりでピアノ弾き語りで<でも変えられる 自分と未来は>と今の意志とも重なる歌を丁寧に力強く響かせたあとに披露。タイトルは、“サクラトーン”。今日のことを思い浮かべながら作ったというこの曲は、有安が大好きだという絢香の歌を彷彿とさせる良質なポップスに仕上がっていた。


 そしてもう1曲は、アンコールにて“愛されたくて”“逆再生メドレー”“ハムスター”を演奏したあとに、さきほど記述した心情を語ったうえで、「今日やろうかまだ悩んでるんですけど(笑)、やってもいいですか?」と言って、ピアノ弾き語りで披露した“虹む涙”。この曲は、1月15日の発表後に、「みんなの心が、もしかしたら泣いてるかもしれないって思って。そのときに、こんな私やけど、みんなの一つひとつの涙をこの手のひらに集めて、虹になったらいいな、虹にしたいなって思ったんです。そんな想いを込めて作った曲」だという。この曲を歌いきったあと、有安杏果は、そのまま、なにも語らず、お辞儀だけをして、この記念すべきステージをあとにした。
 

 表現者・アーティストというのは、ただ知識や技術を持っていればいいだけではなく、どうしたって、その人の人間性や生き様、人生観が作品のあり方を左右する。稀有な人生を歩みながら、人よりも早い年齢の頃から自分の心と実直に向き合い、自分はどう生きるべきかという自問自答を繰り返して、その答えをすでに自分のなかで色濃く持っている有安杏果にしか表現できないものがある。これまで様々な現実とぶつかってきて、それゆえにネガティブ思考なところや、大切なものを失うことを恐れているところもあって、でもだからこそ自分の選んだことに対する責任感と努力は凄まじい有安杏果にしか表現できないものがある。私はこれまで、この会場で様々なタイプのアーティストのライブを観てきたが、「有安杏果にしかできない表現」があることを、まざまざと見せつけられるようなライブだった。「アイドル」が人に夢や憧れを与えてくれる存在を指すのだとしたら、「アーティスト」は、自分自身や世の中の現実と深く向き合いながら、その人の目と心で見えたものを表現する人のことを指すのだと思う。今の有安杏果は、れっきとしたアーティストだ。

テキスト: 矢島由佳子